量子光学研究室 日本大学 井上・行方研究室

Quantum Optics Group

Institute of Quantum Science, Nihon University

量子光学と量子情報技術で未来を拓く

RESEARCH

量子光学研究室では、光の量子力学的な性質が顕著に現れる「単一光子」や「量子もつれ光子対」を用いた実験的研究に取り組んでいます。実験の基礎となるのは、量子もつれ光子対の生成とその検出技術(単一光子検出・光子数識別)です。この2つの技術をベースに、量子情報通信と量子ナノプラズモニクスの研究をこれまで行ってきました。最近では、圧縮センシングや機械学習(深層学習)などの情報理論を応用した量子計測(イメージング)の研究も進めています。量子光学と最先端の技術を融合することで、新たな技術を開発し社会の発展に役立てることが私達の夢です。
本研究室で現在進行している主な研究テーマと過去の研究(本研究室の歴史)を示します。

現在の研究テーマ

過去の研究

現在の研究テーマ

単一光子単一画素イメージング

 ある画像を取得するには、像を必要な画素数に応じて検出器でスキャンしたり、相応の空間分解能を持ったCCDカメラで観測したりする必要があります。しかしながら、スキャンによる画像取得は多大な時間を要し、CCDカメラも観測したい光の波長によって入手が困難な場合があります。例えば、生体サンプルの観測に必要な近赤外波長に対応したCCDカメラは非常に高価なものになります。

 近年、この問題に対する有効な手立てとして、「単一画素圧縮イメージング」が注目されています。これは、いくつかのランダムなパターンを通した像からの光を、空間分解能をもたない検出器(単一画素)で測定し、得られたデータから画像を再構築するというイメージング技術です。このイメージングでは、用意すべきパターン数を取得したい画素数よりも大きく減らすことができ、画像取得時間を大幅に短縮できるという利点があります。画像取得時間の短縮は、生体サンプルの観測において、サンプルの劣化や破壊を防ぐために、なるべく光を当てたくないという要請に合致します。

 画像取得時間の短縮に加えて、像に当てる光の強度を弱めていくことを考えた場合、究極的には光は単一光子状態になります。単一光子は、近年注目されている量子コンピュータや量子暗号などの量子情報技術を担う重要なリソースの一つです。我々の研究室では、近赤外領域の単一光子を高効率かつ低ノイズで検出できる、正弦波ゲート型のInGaAs/InPアバランシェフォトダイオードを開発し、量子情報技術の実験研究を行ってきました。実際、これを使って単一光子による単一画素イメージングにも成功しました。現在も引き続き、我々の培ってきた技術を単一画素イメージングに応用し、新しい量子情報技術、特に光子の量子性を応用したイメージング手法の研究開発を進めているところです。

図:単一画素イメージングによって復元された64×64ピクセル画像
(NUはNihon Universityの略称)

 
SiCによる単一光子発生

 光による量子情報処理・通信技術において、量子情報の担い手(媒体)である単一光子の発生は極めて重要な技術です。特に、シリカやシリコン系導波路や光ファイバー中において低損失となる波長域である近赤外(特に真空波長1000nm~1600nm)の単一光子発生が求められています。単一光子の発生は、励起子が空間的・エネルギー的に1つだけ孤立しているような物質系(孤立電子系)を用いて実現します。例えば、半導体量子ドットやダイヤモンド中の荷電窒素空孔(NV-中心)によって実現されています。

 我々の研究室では、室温動作、近赤外波長の単一光子発生を目的とし、炭化シリコン(SiC )結晶中の孤立シリコン複空孔からの蛍光を利用した単一光子発生を試みています。本実験は、これまで研究室で培った近赤外波長域での単一光子検出技術や量子光学テクニックを駆使した自作の近赤外領域共焦点レーザー顕微鏡システムを用いて実施しています。

 
プラズモニクスによる量子シミュレータ

 計算機(コンピューター)シミュレーションには大量の乱数が使用されています。この乱数は物理的には確率論的無作為過程(古典的ランダムウォーク)によって得ることができます(サイコロを振る、コイン投げ等)。近年、古典的ランダムウォークとは全く振る舞いの異なる量子ウォークが注目を集めています。量子ウォークにおけるウォーカー(古典でのサイコロ・コインに対応)の振る舞いは、量子力学的波動関数の時間発展によって表現され、それを利用したシミュレーションは量子計算と密接な関係があると考えられています。そのため、より深い量子力学の理解や量子情報・計算科学の新たなアプローチとして理論・実験両方で精力的に研究が進められています。

 私たちの研究室では、これまで開発してきた長距離伝搬プラズモンポラリトン(LR-SPP)導波路プラットフォームによって量子ウォーク系の実装を試みています。LR-SPP導波路は比較的低損失、単一偏波モード伝播、高集積という性能を有します。僅か数ミリメートルサイズの平面LR-SPP導波回路を実際に作成し、最近、それによる連続量子ウォークの観測に成功しました。現在は、量子もつれ光子対などの量子光源を用いたより高度な量子ウォークの実装へ向けて準備を行っているところです。

 
単一光子バッファと光子複製

 情報通信における暗号化用秘密共有鍵を安全に共有する技術として量子鍵配送が実用化の水準まできています。しかし、光ファイバー中の光損失によって、数100キロを超える配送は未だ困難な状況にあります。これを打破する技術が量子中継です。我々の研究室では、量子中継を光操作のみで実現するための要素技術、単一光子バッファ、光子複製技術の開発を行っています。


図:単一光子バッファ実験系

過去の研究

2009~:光通信波長帯高輝度偏光量子もつれ光子対源の開発とその応用

 物質材料研究機構および早稲田大学理工学部応用物理学科中島研究室との共同研究により作製したタイプII導波路型PPLNを用いて偏光量子もつれ光子対を生成し,2光子干渉度 88 %,光子対生成率100 pair/sec(世界記録は200 pair/sec)をこれまでに得た.現在,ポンプ光強度および高速単一光子検出器の量子効率の最適化を行い,2光子干渉度90 %以上,光子対発生率1000 pair/secの性能を持つ世界最高レベルの偏光量子もつれ光子対源の実現を目指している.これと平行して,偏光量子もつれ光子対源を2個用意し,量子暗号通信の長距離化に必要となる「量子もつれスワッピング」の実証実験にも取り組んだ.

 

2007~:光子→表面プラズモン・ポラリトン→光子の変換過程に関する研究

 金ナノスリットを作製し光の異常透過特性を詳しく調べた.その際,スリット(幅200 nm,長さ48 m)-溝(幅180 nm,長さ48 mm,深さ20~120 nm)構造では,スリットで発生した表面プラズモン・ポラリトンは溝まで伝播し溝で再び光に変換され,スリットを通過した光と干渉する(光→表面プラズモン・ポラリトン→光の変換過程において光のコヒーレンスが保たれる)ことを実証した.

 次に,金ナノストライプ導波路(幅8 ,厚さ15 nm,長さ1 mm)を作製し,表面プラズモン・ポラリトンの伝播特性を評価した.その際,パラメトリック下方変換で生成された光子対の一方を金ナノストライプ導波路に入射することにより単一表面プラズモン・ポラリトンを励起し,導波路伝播後出力された光子と他方の光子(導波路を通過させない光子)とを干渉させ,光子(ボーズ粒子)の基本特性であるバンチングを観測した.これにより,光子→表面プラズモン→光子の変換を受けた光子と受けない光子が識別不可能であることを実証した.

 現在,金ナノストライプカップラー(分岐比:50/50)を作製し,単一表面プラズモン・ポラリトンの干渉実験を行った.これにより,表面プラズモン・ポラリトンのボーズ粒子性を実証した.

主要論文
  • S. Mori, K. Hasegawa, T. Segawa, Y. Takahashi, and S. Inoue, “Interference of Photon Emitted by a Slit–Groove Structure after the Conversion of Photon to Surface Plasmons,” Jpn. J. Appl. Phys. 48, 062001 (June 2009).
 
2006~:超伝導転移端センサによる光子数識別器の開発とその応用

 産業技術研究所との共同研究により,チタン超電導薄膜を利用した光子数識別器を開発し,光通信波長帯(1光子のエネルギー=0.80 eV)において量子効率84 %,エネルギー分解能0.23 eVを達成した.この光子数識別器とパルス真空スクィーズド状態および高速パルス型ホモダイン検出器を用いて,光通信波長帯における非ガウス操作を世界で初めて実現した(早稲田大学理工学部応用物理学科小松研究室との共同研究).さらに,情報通信研究機構との共同研究により,この光子数識別器を短波長帯(850 nm)における高効率単一光子検出器(量子効率98 %)として使用し,ホモダイン限界を超える量子最適受信機の原理検証実験に成功した.

主要論文
  • N. Namekata, Y. Takahashi, G. Fujii, D. Fukuda, S. Kurimura and S. Inoue, “Non-Gaussian operation based on photon subtraction using a photon-number-resolving detector at a telecommunications wavelength”, Nature Photonics, 4 (9), 655 – 660 (July 2010)

 

2005~現在:光通信波長帯における真空スクィーズド状態の生成と検出

 現在の光通信に(連続量)量子計算を組み込むことにより,古典的な通信容量限界(シャノン限界)を超えることが出来る.この連続量に対する量子計算に必要となる非ガウス操作を実現するために早稲田大学理工学部応用物理学科小松研究室との共同研究を進め,フェムト秒パルスレーザーとPPLNバルク結晶によるパラメトリック増幅過程により,世界最高レベルの-3.1 dBのパルス真空スクィーズド状態の生成に成功した.また,80 MHzの繰り返しパルスの直交位相振幅を測定できる世界最速のパルスホモダイン検出器の開発にも成功した.

主要論文
  • Y. Takahashi, J. Söderholm, K. Hirano, N. Namekata, S. Machida, S. Mori, S. Kurimura, S. Komatsu, and S. Inoue, “Effects of dispersion on squeezing and photon statistics of down-converted light,” Phys. Rev. A 77 (4), 043801 (April 2008).
特許
  • 光通信波長帯における高速パルス型ホモダイン検波器(出願番号:2008-247073)

 

2005~:正弦波ゲート動作APDによる高速単一光子検出と量子鍵配布実験

 光通信波長帯における単一光子検出では,アフターパルスと呼ばれる雑音のため,1 MHz以上の高速な単一光子検出を実現することができなかった.このアフターパルスを低減する方法を考案し,世界最高速(当時は800 MHz,現在2 GHzを達成)の単一光子検出を実現した.(報道記事3)また,この単一光子検出器をNTT物性科学基礎研究所が開発した差動位相シフト量子鍵配布システムに組み込み,15 kmの伝送距離において世界最高レベルの安全鍵生成率(330 k bit/s)を実現した.

報道記事3 2006年11月2日

主要論文
  • N. Namekata, S. Sasamori, and S. Inoue, “800 MHz Single-Photon Detection at 1550-nm Using an InGaAs/InP Avalanche Photodiode Operated with a Sine Wave Gating,” Opt. Express 14 (21), 10043-10049 (October 2006).
  • N. Namekata, G. Hujii, T. Honjo, H. Takesue, and S. Inoue, “Differential Phase Shift Quantum Key Distribution Using Single-Photon Detectors Based on a Sinusoidally Gated InGaAs/InP Avalanche Photodiode,” Appl. Phys. Lett. 91 (1), 011112 (July 2007). 
特許
  • High-speed single-photon detector in telecommunication wavelength band
    (U.S. Patent Number : 7705284 B2)

 

2004~2005:タイプII PPLN導波路の開発とその評価

 偏光量子もつれ光子対を高効率に生成するために,タイプII導波路型PPLNの開発を物質材料研究機構および早稲田大学理工学部応用物理学科中島研究室と共同で行い,パラメトリック下方変換による直交偏光光子対の生成において世界最高輝度(帯域あたりの光子対生成率)を実現した.

主要論文
  • G. Fujii, N. Namekata, M. Motoyo, S. Kurimura, and S. Inoue, “Bright narrowband photon-pairs at an optical telecommunication wavelength using Type-II periodically poled lithium niobate waveguide,” Opt. Express 15 (20), 12769-12776 (October 2007).
特許
  • 偏光エンタングルド光子対発生装置(出願番号:2004-071909,日本登録番号:4264735)

 

2002~2003:光通信波長帯における相関光子対の生成とその応用

 周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路を用いて波長1550 nmの相関光子対(自然パラメトリック下方変換により生成される光子対)を高効率に発生させた.また,この相関光子対を用いた単一光子源を提案し,その動作確認を行った.

主要論文
  • S. Mori, J. Soderholm, N. Namekata, and S. Inoue, “On the distribution of 1550-nm photon pairs efficiently generated using a periodically poled lithium niobate waveguide,” Opt. Commun. 264 (1), 156-162 (August 2006).
特許
  • 単一光子発生装置(出願番号:2003-117055,英国登録番号:GB2419248)

 

2000~2001:光通信波長帯における単一光子検出器の開発と量子鍵配布への応用

 光通信波長帯に感度を持つInGaAs/InPアバランシェフォトダイオード(APD)を電子冷却下でゲート動作させることにより,高効率かつ低雑音な単一光子検出を実現した.また,この単一光子検出器を用いてBB84量子暗号プロトコルに基づく量子鍵配送システムを開発し,日本初の既設光ファイバー(日本大学理工学部5号館と9号館を往復する学内LAN)による量子鍵配布実験に成功した.

主要論文
  • N. Namekata, Y. Makino, and S. Inoue, “Single-photon detector for long-distance fiber-optic quantum key distribution”, Opt. Lett.. 27 (11), 954-956 (June 2002).
特許
  • 長距離量子暗号システム(出願番号:2002-091578,日本登録番号:4086136)

 

1998~1999:ファブリペロー共振器を用いた高効率無相互作用測定の実証実験

 共振状態に保たれた高いQ値を持つファブリペロー共振器に単一光子を入射し,ファブリペロー共振器を透過または反射する単一光子を検出することにより,共振器内の物体に光子を当てることなくその存在を高確率(当時としては世界最高の88 %)で確認できることを実証した.また,この測定方法を感光性物質のイメージングに応用した.

主要論文
  • S. Inoue and G. Björk, “Experimental Demonstration of Exposure-Free Imaging and Contrast Amplification,” J. Opt. B:Quantum Semiclassical Opt. 2 (3), 338-345 (June 2000).